私は社労士として事務所を開設する前、塗料製造会社で30年強、うち総務部門で約20年勤めており、そして退職するまでの10年間は製造工場にて総務事務管理業務のほか、工場内の衛生管理者として安全衛生にも深く携わっていました。
そこで感じた事などを備忘録的に記しておきたいと思います。
まず企業内の安全衛生は、単なる法令遵守にとどまらず、企業の持続的成長と従業員の幸福を支える基盤です。これまで順調に機能していたとしても、事故一回で簡単に壊れてしまいます。私は幸い在職中に死亡事故やそれに準ずる重大災害に関わったことはありませんでしたが、どれだけ軽い怪我であったとしても当の本人は痛いし、連絡を受けたご家族は平常心でいられません。会社にしても「ああ軽い怪我でよかったなあ」て呑気なこと言ってられません。軽い怪我で済んだのは結果論であり、それにつながった原因が重要だからです。
製造工場では機械設備の稼働、そして化学物質や危険物の取り扱い、様々なリスクが常に存在します。これらの危険を適切に管理するためには、まずリスクアセスメントを徹底し、潜在的な危険源を洗い出したうえで、リスクを低減することが重要となります。
リスクアセスメントを簡単に言うと、その作業や元からある設備によって生じる災害や事故の可能性とその被害の大きさ(=リスク)を点数化(高いほどリスクが高い)し、その点数を低くするにはどうすればいいか、を議論し、評価するものです。例えば、工事現場には足場がかかっていますが、そこに安全帯(落下防止ベルト)を着用して上がるか否か、で、いざ足を踏み外した時の被害の差(=点数の差)はいかがでしょうか。リスクアセスメントは、職場にそのような潜在的な危険がないかを大小問わず探し、対策を討議します。
(なお化学物質を扱う職場では上記とは別に「化学物質リスクアセスメント」も必要になります。当該化学物質を扱うことによる危険性、健康被害の可能性を評価しますが、専門性が求められますので今回の内容からは外します。)
「ヒヤリハット」という言葉を聞いたこともあるかもしれません。これは事故に至らなかったけれども危なかった状況の事で、一説によれば1件の重傷事故の陰には300件、1件の軽傷の陰には10件のヒヤリハットが隠れているといわれます。しかし表に出てくる事はあまり多くありません(皆怒られるの嫌だもんね)。リスクアセスメントを実施することでそれをあぶり出すことができます。
対策としては大きく二つ、物理的対策と管理的対策です。前者は事故を防ぐために物理的に安全装置を設けることであり、これは対策の方向性がはっきりしているため、(予算的な事を考えなければ)一発で解決します。
そして後者の目標は作業者の意識を高めて事故、災害を無くす事であり、方法としては
・安全衛生管理体制の構築(安全衛生委員会の設置等)
・作業手順書の整備とその作業に係る作業者の教育(無知は事故に直結します)
・機械設備の定期的な点検、その記録の保持。(記録の積み重ねは不具合の発見に繋がります)
・定期的な安全衛生パトロールの実施 等を挙げることができます。
しかし、なかなかに難しい。(自分含め)基本的に人って横着だし、根拠なく「自分は大丈夫」と思うものなので。例えば回転するベルトの点検で「あっちまで行って電源スイッチ切るの面倒臭えなあ、まあええわ大丈夫やろ。」で巻き込み事故。(嘘だと思うでしょ?本当にあるんです)先の安全帯の例でいえば「安全帯着用は指示されてるけどちょっとそこ上がるくらいで面倒だなあ、まあええわ。すぐ降りるし」で転落事故。
安全衛生委員会では自社のみならず、他社の事故事例も参考として多数検討するのですが、このような「正式なルール、手順にのっとって行えば起こらなかった」事故がほとんどです。つまり従業員が「自分ごと」として安全を考える文化を醸成することが、事故防止に最も大きく寄与するといえます。
また、メンタルヘルスや長時間労働の管理も、現代の安全衛生において不可欠な要素です。疲労やストレスは判断力の低下を招き、重大災害の引き金となり得る。労働時間管理や相談体制の整備は、身体的安全と同様に重視されるべきであると考えています。
総じて、工場の安全衛生は「設備」「仕組み」「人」の三位一体で成り立つものであり、企業が安全をコストではなく投資と捉え、地道に継続的に皆で改善を積み重ねることで、無事故無災害の職場に近づけることができます。安全衛生は企業価値そのものであり、そして机上ではなく実際の現場とその声を尊重しながら取り組む姿勢が求められます。

